メッシのワールドカップ

この記事を投稿するのは2023年の2月ですが、執筆はワールドカップ直後で、「あぁ終わっちゃったなぁ」という虚脱感に襲われながら書いたものです。

メッシのアルゼンチンが戴冠しました。

 戦前の専門家の予想ではブラジルかフランスが最有力だったように思います。

ただ専門家の間ですら、どのチームに優勝して欲しいかと聞かれれば、アルゼンチンという答えが一番多かったようです。もちろん世界中のファンに問いかけても、自国以外ならばアルゼンチンという答えが圧倒的でした。

では世界中の人たちがなぜアルゼンチン、つまりメッシにワールド杯を取って欲しいと願ったのか、メッシのストーリーを追いかけてみます。

まずメッシの幼少時代からバルセロナに入団するまでの経緯が人々を惹きつけます。

メッシは幼い頃から抜群のサッカーセンスを見せていました。ですが、これは後に天才と言われる選手にとっては珍しくありません。久保建英も同様です。

9歳の時に成長ホルモンの分泌障害が見つかりました。治療方法は簡単で、毎日注射を打つだけですが、裕福ではない家庭にとって、費用は大きな負担となりました。そして、父親が失業して治療費を払い続けることができなくなりました。治療を続けなければ成長が止まってしまいます。所属クラブに治療費を肩代わりするよう頼みましたが応じてくれません。その後さまざまなクラブに当たりましたが、身体の小さなメッシの将来性に賭けるクラブは見つかりませんでした。

そんな時バルセロナから連絡があり、父と二人で海を渡りアカデミーに参加しました。13歳の時です。

メッシは才能を見せましたが、当時プロとして契約するかどうかの判断は18歳まで待つのが普通で、慈善団体ではないのだから医療費を負担してまでメッシを獲る必要はないという役員もいました。

あきらめかけた頃、たまたまメッシの練習風景を見たクラブ副会長がメッシを気に入り、すぐに契約すべきだと言い出します。現場コーチ陣が作成した報告書には、“リトル・マラドーナ”と表現されました。

前例がないため手続きに手間取り、正式契約は1年後でした。治療の甲斐がありたくましくなったメッシは、16歳でトップチームデビューを飾ることになります。

それ以降、サッカー選手としてのあらゆる栄冠を手にしましたが、ワールド杯だけは例外でした。しばしばマラドーナと比較されました。メッシの全盛期、2014年のワールド杯では惜しくも準優勝に終わり、全ての責任はメッシにあるかのようにアルゼンチンの国民から激しくバッシングされました。

2018年には、重圧のもと主将として出場し、ベスト16で敗退したあとには代表引退も示唆しました。

その後、バルセロナの放漫経営の煽りを受けてメッシの給料が払えなくなった時、パリサンジェルマンに移籍せざるを得なくなりました。メッシは涙ながらに「本当はバルセロナに残りたい」と語りますが、叶いませんでした。

35歳になり選手としてのピークは過ぎ、最後のワールド杯となることを明言しての臨んだカタール大会でしたが、初戦のサウジアラビア戦でまさかの敗戦を喫します。やはり今回もダメかと思われたが、続くメキシコ戦でメッシが決勝ゴールを挙げてからアルゼンチンの快進撃が始まります。

チームメイトは、理不尽なバッシングに晒され続けたメッシを間近で見てきたベテランと、子どもの頃から「メッシのようになりたい」と憧れ続けた若手です。チームメイトの一人は、開幕前に「アルゼンチンのためにW杯で優勝したい」、「なによりも、メッシのために優勝したいんだ」と語っています。

アルゼンチンの全選手はメッシを優勝させたいと心から願い、献身的にメッシをサポートするメッシ中心のチームでした。フランスとの決勝戦では、試合途中、得点して優勝が見えてきたとき、感極まって涙を流す選手もいました。

結果はご存じの通り、ワールド杯の歴史の残る決勝戦でPK戦の末アルゼンチンが優勝しました。「名実ともにマラドーナを追い越した」、「神の子から神になった」とメディアを賑わす結末ですが、メッシ本人は涼やかな笑顔で家族と写真に写る姿が印象的でした。ちなみに、メッシの奥さんは、11歳の時に知り合った幼なじみだそうです。

こうやって見ていくと、多くのサッカーファンがメッシ率いるアルゼンチンの優勝を望んだ理由が浮かび上がってきます。

まず、なんといっても病気ですね。9歳の男の子の成長が阻害され、高額の医療費のために適切な治療が受けられないことを想像すると、胸が痛くなります。

そして、不条理な非難に晒され続けたことが挙げられます。ワールド杯の優勝は、チームとしての力が大きく影響するので、ひとりでどうにかなるものではありません。しかし、マラドーナがワールド杯を制した事実だけをもとに非難されれば、反論したい気持ちにもなります。

ピークを過ぎて最後のワールド杯を迎えたことも大きな要因です。落日の最後の輝き、って美しいですよね。誰もがピークを過ぎれば衰えるのは当然ですが、特に中高年の共感を呼ぶ点でしょう。

最後に、バルセロナひと筋でプレーしようとして、莫大な額の報酬はもらっていますが、金に執着せず、純粋にサッカーが好きなのだと感じられるメッシの人柄があります。

いずれも、ストーリーが読み手を惹きつける要素として重要です。だからこそ、メッシのストーリーに世界中のファンが酔いしれたのではないでしょうか。

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