ヒトは感情の動物

人は論理的に考えるよりも案外感情で判断している、ということを、心理学の知見にもとづいて紹介します。

最初に、バングラデシュの首都ダッカで暮らす10歳の女の子、サミアちゃんのストーリーを見てみましょう。

このストーリーは、人道支援のNPOをグッドネーバーズジャパンのホームページに掲載されていたものです。

サミアちゃんは、5歳のときから毎日ゴミ捨て場に通っています。1日中ゴミを漁り、プラスチックのボトルや瓶、金属片などお金になりそうなものを探します。1日の終わりに、ゴミの買い取り業者にそれを売ります。受け取るのは現地通貨で110タカほどのお金です。これは日本円に直すと140円ぐらいだそうです。いくら物価の安いバングラデシュであっても、家族の一食分にしかならない金額です。サミアちゃんは幼稚園に行ったことがありません。小学校には通いましたが、1年生で辞めるしかありませんでした。

このストーリーが取り上げているのは、たった一人の女の子の事例なので、他がどうかはわかりません。ですから、バングラデシュの平均年収がいくらで、小学校にも通えない子どもが何万人いるのか伝えた方が、本来情報としては適切というか正しいわけです。ですが、これでは論理的には正しいのだけれど、聞いている人の感情にはなかなか届きません。ちなみに、ソ連の独裁者スターリンは、「一人の死は悲劇だけれども、百万人の死は統計的なデータにすぎない」という言葉を残しています。

NPOでは、寄付金を募るのですが、このような事例を紹介すると、論理的にデータを伝えるよりも、2倍ないし3倍ぐらい寄付金が集まるそうです。

次に、最近の脳科学の知見として、考え出された二つの思考モードについて話します。

人がものを考える時には、システム1とシステム2という2つのモードを使い分けているというものです。システム1は直感的で、物事の判断が早く、しかし感情的で、ひとつのことから他のことを連想するときに力を発揮します。見たいものだけを見るという傾向があり、思い込みや環境の影響によって、判断を誤りやすいというデメリットも存在します。しかしながら、危険を察知した時に瞬時に判断を加え、その危険を回避することが、動物としての人間にとって何より大切だった長い年月のことを考えると、とても適切な脳の使い方であるといえます。

もう一つの脳の使い方がシステム2です。これは論理的にしっかりものごとを考える一方で、判断を下すのに時間がかかります。また、システム1で手に負えなかった時に、もしくは間違ったと自分自身で認識した時に作動する思考モードです。

ですから、人がシステム1で正しい判断ができた、もしくはこれで問題ないのだというふうに考えてしまった場合には、システム2は作動しません。人の目の前の問題に対して直感的な判断ができるがために、瞬時に判断を下してしまって、論理的には実は根拠がはっきりしない。あとからその根拠を聞かれたときに、はじめてシステム2が作動し、論理的に説明施するというようなことが、起こりえます。心理学でこれを確かめるために実施した実験があり、ちょっと信じられないような結果がでていますので見ていきましょう。

心理学で実施された「選択盲の実験」がこれに当たります。ここに、論文から引用した実際の写真があるので、これに沿って実験の内容をお話ししていきます。

実験において、被験者は、「A」に示されているふたつの顔写真を見せられます。そして、どちらの女性が自分に追って好感度が高いか尋ねられます。

被験者は、自分の好みの女性を指差します。「B」の写真では、左側の女性に好感を抱くと回答しているわけです。

「C」の写真で示されているのは、二つの写真をテーブルの上で伏せて、「あなたが選んだ女性はこちらですが…」と目の前に差し出している様子です。ただし、ここにはカラクリがあって、テストを行っている人には手品の心得があります。

「D」の写真で示されているように、テスト実施者は、先ほど選んだ写真とは違う写真を被験者に提示します。それに引き続いて、「ところで、こちらの女性のほうに好感を抱いた理由は何ですか?」と尋ねます。被験者の多く(実験によると70%以上の人)は、自分が選んだ写真とは違うことに気がつかず、表情や髪形など具体的に指摘しながら好感をもてる理由をしっかりと説明します。

ここから何がわかるでしょうか?選択をした時点では、選択の理由を論理的には自覚しておらず、つまり感情にもとづいて直感的に「こっちがよい」と判断しているわけです。使っているのは、先ほどのシステム1の思考モードです。

「なぜこの女性を選んだのですか?」と問われたあとは、論理的な説明をするときに使うシステム2の思考モードを立ち上げて、論理的に説明するわけです。

こうして見ていくと、私たちは論理的に選択をしたと自分では感じていて、理由を問われればしっかりと説明をできるようなことであっても、実は感情の部分で判断を下しており、必要に応じて論理的な説明を後付しているだけ、という状況が生じている可能性があるのだと理解できます。

次に潜在意識のもとでの意思決定について、スタンフォード大学で実施された実験結果をお伝えします。被験者はふたつのグループに分けられ、ともに架空の都市での犯罪に関する報告書と統計資料を読みます。報告書では、犯罪のことを異なる言葉で表現しています。報告書Aでは、「都市を蝕むウイルス」と表現し、報告書のBでは「けだもの」と表現しています。ただし、ともに報告書に出てくるのは1回だけです。

報告書を読み終わった被験者は、問題解決の方法を提案します。報告書Aを選んだグループ、つまり犯罪のことを「都市を蝕むウイルス」という比喩で読んだグループは、問題解決の方法として、診断、根本的な原因の究明、治療、社会的行動などの対策を推奨します。一方で、犯罪のことを「けだもの」という比喩で表現された報告書を読んだグループは、対策として、警察的行動を推奨し、追い詰める、捉える、投獄するといった言葉で具体的な行動を示します。不思議なことに、どちらのグループも提案の根拠を聞かれた時には、統計資料にもとづいて提案したのだと回答します。報告書の中で犯罪のことを、「都市を蝕むウイルス」、「けだもの」といった表現に接したからこういう対策を思いついたのだと言及する被験者はおらず、自分自身はそのことに気づいていないというのが、この実験結果の面白い点です。

ここでは紹介しきれないさまざまな実験結果も、人が感情の動物であることを裏付けており、ビジネスの場であっても、効果的なコミュニケーションには感情に訴える必要があることを示しています。

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