第二次世界大戦中にドイツが誇る暗号機「エニグマ」の解読に取り組み、連合軍の勝利に多大な貢献を果たしたものの、のちに同性間性行為のかどで訴追を受け自殺に追い込まれた不遇の数学者アラン・チューリングを描く物語です。
アラン・チューリングをベネディクト・カンバーバッチが、チューリングの公私にわたるパートナー、ショーン・クラークをキーラ・ナイトレイが演じています。
米国アカデミーで作品賞を始め8部門にノミネートされた作品で、同性愛者であったチューリングが被った差別と偏見、チューリングを支えたクラークの献身と葛藤に加え、チーム内に潜入したソ連スパイの暗躍を、緊迫した映像で伝えることで評価されたと思われます。ですが、このブログでは、ChatGPTにつながるコンピュータの父としてのチューリングに焦点を当てています。
あらすじ
英国がドイツに宣戦布告した1939年、チューリングは当時絶対解読不可能と言われたドイツの暗号機エニグマの解読に挑戦するチームにする。チューリングは協調性に欠け、ひとり暗号解読装置の設計に没頭する。上司が装置の組立て資金を認めなかったことから、チューリングはチャーチル首相に直訴の手紙を書き、チームの責任者に命ぜられる。
新聞に難解なパズルを掲載し、これを解いた者を採用して新たなチームを編成する。クラークは、このとき採用されている。
暗号解読は困難を極めるが、毎朝6時に発せられる最初の通信には「天気」、「ハイル・ヒトラー」が含まれることから、これを複合するよう調整することで暗号解読に成功する。
解読成功は極秘にされ、ドイツは終戦までエニグマを使い続けた。暗号解読によってドイツ軍の動きが手に取るように把握できるようになり、英国軍勝利に多大な貢献をもたらす。しかし、暗号解読は軍の最高機密として扱われたため、戦後もチューリングの功績が世に知られることはなかった。
エニグマ
エニグマの前に、暗号ってとうやってつくるか考えてみましょう。
A⇔★、B⇔□、C⇔△ ・・・
といった対応表を作って、文字ではなく記号でやりとりすれば暗号として使えそうですね。替字式暗号と呼ばれます。ABCの代わりにあいうえお、としても同じです。A ⇔C、B⇔D、C⇔E・・・のように文字をずらしても原理は同じです。文字をずらす方式は紀元前1世紀のローマで使われたことがわかっていて、ときの権力者ユリウス・カエサル(英語読みではジュリウス・シーザー)が頻繁に利用したことからシーザー暗号として知られています。
このやり方は、僕も小学生のときに試したことがあります。M・ナイト・シャラマンがメガホンを取った2021年の映画「オールド」ではアルファベットと記号を対応させる暗号が、物語の重要なツールとして登場します。
対応表がなければ解読は無理だという気がしますが、言語によって文字別の出現頻度は概ね決まっているので、暗号化された文章がある程度たまってくれば解読することが可能です。たとえば、英語の場合、I、Youなどの代名詞やa、an、theといった冠詞は頻出しますので、出現頻度からどの記号がどの文字か類推できます。まさに、パズルを解く感覚ですね。チューリングがチームメンバを集めるときに使った新聞広告が正解だったと納得できます。
復号しづらくするため、文字を1対1で変換するのではなく、特定のフレーズをコードとして記号などに置換える方式が生みだされています。この方式は女王メアリーの暗号として知られています。メアリーは16世紀のスコットランド女王で、イングランドのエリザベス女王暗殺を企てたとして処刑されています。
日本では上杉謙信の軍師が残した兵法書に暗号の作り方が記されており、上杉暗号として知られています。
手作業で作成していた暗号を、20世紀に入って機械式に置換えることで解読を飛躍的困難にしたのがエニグマです。エニグマは1918年にドイツのシェルビウスが発明しました。第一次大戦後に、英国によって暗号が解読されていたことを知ったドイツ軍はエニグマの採用を決めています。
チューリング・マシン
エニグマを解読するためにチューリングたちが開発した機械はチューリング・マシンと呼ばれ、コンピュータの仕組みの基礎となったと言われています。チューリングの功績を引き継いだフォン・ノイマンがノイマン型計算機の原理を完成させています。
ちなみに、計算機科学の分野でノーベル賞に匹敵する大きな賞であるチューリング賞はチューリングの名に由来します。1966年に最初の受賞者が発表されていますが、残念ながら日本人の受賞者はいません。
チューリング・テスト
チューリングは、ある機械が「人間的」かどうかを判定するためのテストを考案しており、一般にチューリング・テストと呼ばれています。
人間の判定者が、コンピュータのディスプレイとキーボードを介して、“別の誰か”と会話します。“別の誰か”は、人間であるか機械(コンピュータ)であるかのどちらかです。どちらであっても、人間らしく見えるように振る舞います。判定者は、会話の内容をもとに、自分が会話している相手が人間か機械か推測します。もし、実際は機械であるのに人間であるなど、確実な判断ができなくなったら、機械はテストに合格したことになります。
チューリング・テストに関して、ELIZA(イライザ)が有名です。初期の素朴な自然言語処理プログラムで、1966年に作られたシステムで、」現在のChatGPTとは比べるべくもなく、キーワードを拾って文章作成するだけなのですが、判定者が「頭が痛い」と言えば、「なぜ、頭が痛いと言うのですか?」と、部分的にはそれらしい会話をしました。会話の設定によっては、「ELIZAが人間『じゃない』なんて……とても納得できない」と感想を述べた判定者もいたそうです。 こうやって、チューリングの業績とチャット・ボットの歴史を眺めてみると、チューリングが先鞭をつけて、人工知能のブームと停滞期を乗り越えながら、ChatGPTが大きな実をつけつつあることがわかります。
再評価
映画でも描写されていますが、1952年にチューリングの自宅に泥棒が入り、警察に通報したものの、泥棒の手引きをした青年がチューリングの同性愛の相手だったことが発覚し、逮捕されます。チューリングは投獄を避けるため、当時性欲を抑えられると信じられていた化学的虚勢、すなわち女性ホルモン注射を受入れます。
仕事を続けることができなくなり、2年後に青酸中毒で亡くなっています。
1974年にチューリングの業績が世間の知るところとなり、また同性愛に対する差別偏見への反省の気運が高まり、大学などで名誉の回復が図られるようになっていきます。2009年に、英国政府は正式に謝罪を表明しています。 過去に対する総括が苦手な日本政府とは対照的だと感じるのは私だけでしょうか?
参考文献
「暗号解読」 サイモン・シン 新潮文庫
Amazon.co.jp: 暗号解読(上下)合本版(新潮文庫) eBook : サイモン・シン, 青木薫: Kindleストア
アラン・チューリング Wikipedia
チューリング・マシン Wikipedia
チューリング・テスト Wikipedia
イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密 Wikipedia
暗号の歴史
https://www.digicert.co.jp/welcome/pdf/wp_encryption_history.pdf
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